人間の胃の中に生息する一風変わった菌がいます。
「ピロリ菌」という名前で、胃の疾患のリスクを高めてしまう危険性を持っています。
ピロリ菌が人間に対してどのような害をもたらすか、そして予防のためのポイントを解説します。
目次
ピロリ菌とはどのような菌なのか?
人間の胃の中には強酸である胃酸があるため、通常ならば菌は死んでしまい生息することができません。
しかし「ピロリ菌」は胃酸の中でも生息することが可能です。
ピロリ菌は胃の中でアンモニアを作り出し、胃酸と中和させることで、胃の中なのにも関わらず生息することが可能になっています。
ピロリ菌は胃の粘膜に感染します。
ピロリ菌が作り出すアンモニアは胃の粘膜を傷つけてしまいます。
人間の免疫機能はピロリ菌を退治するために胃粘膜のピロリ菌感染部に集まりますが、その際に炎症も発生してしまい、胃粘膜は傷つきます。
ピロリ菌により弱った胃粘膜に、アルコールや強い塩分、ストレスなどの要因が加わると、様々な胃の疾患が現れやすくなってしまいます。
ピロリ菌感染でリスクの上がる病気
ピロリ菌が胃に感染することでリスクを上げる胃の疾患には、以下のようなものがあります。
胃炎
ピロリ菌は胃に炎症を引き起こします。
大抵の場合は慢性的な胃炎である「慢性胃炎」を引き起こします。
慢性胃炎自体は無症状であることが多いです。
人によっては症状が現れることもあり、その際は、胸やけや吐き気、げっぷ、食欲不振などが生じます。
慢性胃炎が長く続くと、さらにほかの疾患のリスクが上がります。
胃潰瘍・十二指腸潰瘍
胃や十二指腸の粘膜が弱ったことで、胃酸が胃や十二指腸を溶かしてしまう病気です。
胃潰瘍・十二指腸潰瘍の患者の80%~90%ほどにピロリ菌への感染が認められることから、ピロリ菌が大きな影響を与えると考えられています。
初期症状としては胃の部分に痛みや不快感が生じます。
症状が進行すると出血を引き起こし、吐血することもあります。
さらに症状が進行すると胃に穴があいてしまったり(穿孔 せんこう)、腹膜炎(※)を引き起こしたりすることもあります。
人間の臓器などが存在する腹腔(ふくくう)は腹膜に覆われています。
腹腔内は無菌状態なので、通常は、腹膜が細菌に感染することはありません。
しかし胃潰瘍や十二指腸潰瘍、虫垂炎などの疾患にかかり、腹膜に細菌が感染すると、腹膜炎になってしまいます。
腹膜炎は強い痛みがあり、全身に細菌が広がることで死亡する可能性もある疾患です。
胃がん
ピロリ菌は公益社団法人日本WHO協会が「確実な発がん性がある」と認定している細菌です。
ピロリ菌は胃がんと非常に密接な関係があり、ピロリ菌感染者と非感染者では、胃がんになる確率に非常に大きな差があることが分かっています。
胃がんの初期症状では、胃の痛みや不快感、食欲不振、胸やけ、吐き気などが生じます。
しかしこれらの症状は胃の調子が悪い時に典型的に見られる症状のため、胃がんの診断の決め手にはなりません。
症状が進行すると、腹部の強い痛みや吐血、黒色便、体重減少などの症状も見られるようになります。
日本では、健康診断での早期発見と早期治療が可能であるため、胃がんでの死亡率は減少傾向にあります。
平成2年頃までは胃がんは日本人が死亡するがんの1位でしたが、現在では徐々に下がり、男性が死亡するがんの第2位、女性の第3位となっています。
ピロリ菌の検査と治療方法
ピロリ菌の感染を調べる方法
ピロリ菌の感染率は社会の衛生状況と大きな関りがあります。
上下水道が十分に整備されていなかった時代の人はピロリ菌の感染率が高く、一方で上下水道が十分に整備された時代に生まれた若年層は感染率が低くなっています。
現在では10代、20代の人の感染率は10%台と低いです。
基本的に年代が上がれば上がるほど、ピロリ菌の感染率も高くなっています。
高い年代では、60代で40%のピロリ菌感染率、70代で50%ほどのピロリ菌感染率となっています。
2013年からピロリ菌への感染を調べる検査の保険適用範囲が広がりました。
以前は胃潰瘍や十二指腸潰瘍、胃がんなどの疾患がなければ保険適用での検査ができませんでした。
しかし現在では慢性胃炎だけでも検査することができ、ピロリ菌の除菌治療を行うことができます。
- 内視鏡を使用した方法
- 血液や尿、糞便中などにピロリ菌の抗原や抗体などがないか調べる方法
患者の胃の状態や希望をもとにどの検査をするか決定します。
その後、ピロリ菌感染が陽性ならば除菌治療を行っていきます。
ピロリ菌の除菌治療とは
ピロリ菌の除菌治療には薬物療法が用いられます。
抗生物質2種と胃酸の分泌を抑える薬を一週間服用します。
ただし、ピロリ菌の除菌の成功率は100%ではありません。
除菌治療を行い、除菌できたかどうかを検査してまだピロリ菌が胃の中に残っている場合は薬剤を変えて再度治療を行います。
ピロリ菌を除菌した後の再感染の可能性は2%程度と低いですが、可能性がないわけではないため注意が必要です。
ピロリ菌を除菌できれば胃潰瘍や十二指腸潰瘍、胃がんなどの疾患のリスクを大幅に低下させることが可能です。
慢性胃炎は自覚症状が薄いですが、長く続く胃の不快感やげっぷ、胸やけが気になるならば一度消化器内科で診察を受けてみてはいかがでしょうか。
ピロリ菌を予防するための食品4選
100%のピロリ菌の除菌ができるわけではありませんが、ピロリ菌を減少させる食べ物も存在します。
胃の不調が気になる人は、予防のためにこれらの食べ物を意識して摂取してみてください。
マヌカハニー
マヌカハニーの「マヌカ」とはニュージーランドに自生するフトモモ科の低木です。
この木の花から採取したはちみつがマヌカハニーと呼ばれます。マヌカハニーは古くからニュージーランドの先住民に医薬品として利用されてきました。
マヌカハニーには「メチルグリオキサール」という抗菌物質が含まれており、この物質が口腔内の細菌やピロリ菌の除去に有効であると考えられています。
このメチルグリオキサールや、そのほかマヌカハニーに含まれるビタミン、ミネラル、アミノ酸などが、複合的に働くことで抗菌作用を示します。
その強度の指標としてUMF(Unique Manuka Factor)という数値が使用されます。
マヌカハニーを選ぶ際はこのUMFの数値が高く、しっかりとした分析試験書などを公開しているショップから購入するとよいでしょう。
「一般社団法人日本マヌカハニー協会」では、マヌカハニーを使用した際のピロリ菌の増殖抑制効果を発表しています。
乳酸菌LG21
LG21は乳酸菌の一種です。
ピロリ菌が胃粘膜に付着して増殖していくように、LG21も胃粘膜に付着しやすいという性質を持っています。
また胃酸への耐性も強く、胃の中でも活性を保つことができます。
ピロリ菌感染者31人にLG21が入ったヨーグルトを2か月間摂取してもらったところ、8割の人に胃粘膜炎症が改善したという結果が見られています。
このことから、LG21はピロリ菌を減少させ、胃粘膜を保護する働きがあると示唆されます。
スルフォラファン
スルフォラファンはアブラナ科の植物に含まれるファイトケミカルの一つです。
特にブロッコリーの新芽であるブロッコリースプラウトに多く含まれています。
スルフォラファンは高い抗酸化作用を持つことが特徴で、体内の活性酸素や過酸化脂質の害を軽減します。
そのほかピロリ菌への殺菌・抗菌作用があることも判明しています。
ブロッコリースプラウトはまだまだ一般的な食材ではないため、サプリメントからの摂取がおすすめです。
doi: 10.1073/pnas.112203099 Medical Sciences
スルフォラファンはピロリ菌に対する抗菌・殺菌作用を示しました。また抗生物質に耐性を持ったピロリ菌に対しても同様の効果が見られました。
ラクトフェリン
ラクトフェリンは、哺乳類の母乳や血液、唾液などに含まれる糖タンパク質の一種です。
高い抗菌力を持つことが特徴で、特に乳幼児の免疫力形成に大きな影響を与えます。
食品で言えば牛乳に多く含まれていますが、熱に弱いため、加熱殺菌をすると壊れてしまいます。
そのため、食品から摂取することは難しく、サプリメントでの摂取が有効でしょう。
胃に生息しているピロリ菌に対しても大きな抗菌作用を示すことが臨床試験で分かっています。
ピロリ菌除去薬とともにラクトフェリンを摂取させたところ、除去率が向上しました。このことからラクトフェリンはピロリ菌完全治療のため有効であることが示唆されます。
ピロリ菌対策によくあるQ&A
ピロリ菌に感染しているからと言って必ずしも胃潰瘍な十二指腸潰瘍、胃がんになるわけではありません。
あくまでリスクが上がるというだけです。
ピロリ菌以外にも塩分やアルコール、ストレスなどもそれらの病気の要因になります。
しかしピロリ菌が感染していることでリスクは必ず上がります。
胃の不調が続く場合は一度消化器内科で診察を受けたほうが良いでしょう。
もしピロリ菌がいる場合は、除去治療をすることが将来的な疾患のリスクを低下させます。
ピロリ菌を予防するためには、胃の中で生存する力が強いことが重要です。
そのためどんな株の乳酸菌でもピロリ菌予防効果があるわけではありません。
LG21など胃での活性が強い株を使用したヨーグルトを食べるようにしましょう。
ピロリ菌への感染は衛生状況が大きく影響すると考えられています。
ピロリ菌感染者の糞便や嘔吐物が井戸水、河川、池などに放出されることで感染源となってしまうため、衛生状況の悪い国や地域に行かないことが重要でしょう。
また免疫機能が出来上がっていない乳幼児期は特にピロリ菌に感染しやすいと言われています。
そのため、乳幼児期は井戸水などを避け煮沸した水や水道水を用いるようにして、両親からの口移しなども避けるといった対策をして予防してください
ピロリ菌対策のまとめ
ピロリ菌への感染は衛生状況が大きく影響します。
日本は戦後、上下水道が十分に整備されているため若年層になればなるほど感染率も低下しています。
しかしピロリ菌に感染すると慢性的な胃炎を引き起こし、将来的に胃潰瘍や十二指腸潰瘍、胃がんなどになるリスクを上げてしまいます。
そのため胃の不調を感じたら診察を受け、ピロリ菌が見つかった場合は除菌治療を受けることが重要です。
- マヌカハニーサプリメント
- LG21含有ヨーグルト
- スルフォラファンサプリメント
- ラクトフェリンサプリメント
帝京大学医学部卒業。麻酔科標榜医、麻酔科認定医。 日本麻酔科学会、日本抗加齢医学学会(アンチエイジング学会)会員、生活習慣病アドバイザー。
「治療」よりも「予防」を重視して診療にあたる現役医師。麻酔科医として勤務するだけではなく、加齢による身心の衰えや疾患に対するアドバイスを行う。